――夕闇に散った、花火の名残。
熱のある肌に頬を寄せると、大好きな人は、ほんのりと懐かしい匂いがした。
夏の日と火薬の匂い。
汗ばむような暑さでも、寄り添うことを拒まない。そういうところが、私は好き。
もう一度、彼の胸に頬を摺り寄せてみる。
縁側から見える月も、気ままな温い風も、心地良い具合に静かだ。
夏の夜は、この静寂に心が躍る。
「・・どうした?」
優しさを含む声。こういう時。冬獅郎の手が私の髪を撫でるのは、幼い日の名残だろうか。
例えば、寂しかった時に、落ち込んだ日に。困り果てた表情で伸ばしてくれる彼の手は、いつも遠慮がちで。
誰かに優しさを向けることに慣れてないんだって、幼い私にでも分かってしまうぐらい。
だけど。その手が不器用であるほどに私は嬉しくて。私にだけって。冬獅郎を独り占めしてるような感覚が心を満たしてくれた。
「・・花火。綺麗だったね。」
彼の胸に唇を寄せる。抱きついた手で、ゆっくりと彼の背を撫で上げる。
もう、妹なんかじゃないんだって、女としての主張を込めて。
「・・。」
名を呼ぶ声。その声に含まれるのは、もう優しさだけじゃない。なだめるような、ためらうような心の揺れ。
恋人として、着物の帯を解く時も、肌に触れる時も、身体を重ねる時も。
冬獅郎の手は、いつだって躊躇している。迷ってる。妹同様だった私に、女を求めて触れることは彼にとっての禁忌。
けれど。彼が自身を律しきれずに低く息を漏らす時、その手に欲情が混じる時。
私は、また冬獅郎を独り占めできたような感覚に心を満たしていく。私にだけって思ってる。
あと少し。ねだるように、一際強く彼の背を撫で上げる。
一瞬の吐息。髪に触れる彼の手が、動きを止めた。
「・・部屋。戻るか?」
引き寄せられた先の翡翠の瞳に映るのは、幼き妹か、それとも恋人の姿なのか。
私が知る、恋人の仕方でしっとりと唇を重ねてから、ゆったり、と頷いてみせる。
きっとまた。冬獅郎の手が、眠る私の髪を撫でてくれる、愛しむように。私を抱いた後の彼は、とびきりに優しくて。
その優しさの意味を、私は今でも計り兼ねてる。
できれば。髪を撫でる手も、優しさも、妹への労りなんかじゃなくて。恋人として、満たされたという証であって欲しい。
昔も今も、恋焦がれている。
抱き上げられた身体を、夏の無防備なまま彼に委ねた。
――夏の果て(090803)