・・・ありがとうございます。日番谷隊長。
瞳を少し伏せたまま。静かに告げた彼女は、眩しいような笑みを浮かべていた。
なぜ、が三席に昇進した男のことで礼を言ったのか――。
その時の俺には、理解できるはずもなかった。
人の色恋の話など関心はない。そういう方面への疎さは、周知であった二人の仲に気づきもせずに。
そして、自身の心の疼きの理由さえ。
自分の感情にすら、長い間、素通りしてきたのだから。
いつかの夜空の瞬きに。
―――甘い匂いがする。
の部屋を訪れる度に心地よく香るのと同じだ。
ゆっくり意識を覚醒させると、眠りにつく前と同じ月の光が、微かに辺りを照らし出す。
隣で眠るはずの存在。その姿を確かめてから、再び、甘く香る毛布に身体を深く埋めた。
・・・穏やかな顔をしている。こんなにも無防備な寝顔を見せるのは初めてだ。
思いのままに触れたい、と。
いつからか望むようになっていた黒髪に、そっと手を触れさせる。
微笑みも、泣き顔も、これまで知っているものは全て、あいつのためのものだった。
この穏やかな寝顔は、俺だけのものであって欲しい。
今、誰に体を預けているか。誰の腕に抱かれているか。は分かっているのだろうか。
目覚めた時、俺の姿を映した瞳が翳ることはないだろうか・・。
一年前の日に。
「苦労を背負い込むことになりますよ。」と、諭すように言ったのは松本だった。
「あいつじゃなきゃ、欲しくない。」と言った俺に、痛ましげな表情を見せたのは雛森だった。
どうすればいいかなど、知る由もなかった。
ただ、目の前の悲しみに壊れてしまうぐらいなら、を護りたいと。人目も憚からず、がむしゃらに。
――同情はいらない、と触れることさえ拒んでいた白い肩を抱き寄せる。
もう随分、手に馴染むようになってきた。
「・・たいちょぅ」
囁くように紡がれた声。
月の光を宿す瞳は、迷いもなく。ゆっくりと俺の姿を映し出す。
わずかに遅れ、恥らうように瞳を逸らす一つ一つが愛しい。
できれば、その声で名を呼んで欲しいとか。欲望はとどまることを知らない。
「寒くねえか?」
うん。と、胸に顔を預けたまま、大人しく頷いてみせる。
引き寄せて、その唇に何度目かの口付けを落とす。
・・ん、と。くぐもった声は、先程の抱きしめあった名残のように。
「熱。下がったな。」
潤んだ瞳が、もう一度コクリと頷く。
診察を任せた四番隊の者が、
の具合の完治を告げたのは、数日前。
風邪で臥せったのを良いことに、この部屋に閉じ込めておいたのは俺の恣意。
一年が経ち、あいつを偲ぶ者たちが囁く噂を知っていたから。
亡くなった部下の許婚を囲っているだとか、あの任務での失敗は仕組まれたものだとか。
そういう一切のものから、の耳を塞ぐため。
もう。これ以上、傷つけたくはない。
任務に申し出たのは、あいつの意思。
三席などでは終わらないと。上に行きたがる真の理由は何だったのか。
十番隊を去り、副官の地位を得て、を連れていくつもりだったのか。
もう一度、の唇を引き寄せる。
布団の中に押し込めるだけでは足らず、終には自分の腕の中に閉じ込めて。
こんな風に自分ばかりが想っているなど、面白くはない。
「。」
柔らかな髪に指を絡めると、そのまま緩く髪をひく。
からの口付けを待っている、と。その唇は、俺を好きだと言ったのだから。
「我が侭。きいてくれるんじゃねえのか?」
「わがままなんて・・言い慣れてないくせに。」
「そうだな。きいてやるばかりだったからな。」
言葉を詰まらせ、困ったように笑みを浮かべてみせる。それでも、誤魔化すことはせず。
そっと、の手が頬に触れる。瞳を閉じろ、というように。
微かに震えるその手に免じて、仕方なく要求に応えてやる。
おずおずと触れた唇は、何よりも愛しい。
「・・やっぱり寒い。」
離れていく温もりを抱き寄せるより先に、が甘えるように顔を埋めた。
―――救われたのは、寧ろ俺のほうだ、と。二人を照らす月も、それを知っている。
年末に書いていた話は、これでした。
こんなにも愛してもらえたら幸せだろうな。二人のベタベタ加減に、暴走してしまったかな?と思わなくもないですが・・。
半年前に書いた「夜空には〜」からの続きの話として、ようやく二人の関係が書けました。
ヒロイン視点で過去を書くのは深みにはまりそうだったので。ここは隊長にバシッと決めてもらいたい!と。
・・いかがでしょう?