目の前の敵が崩れ落ちたのを視界に捉えながら、
俺の意識も少しずつ遠のいていくのが分かる。
まずいな・・・
その予感が頭を過ぎった刹那。
全身に鋭い痛みが走ると同時に鮮やかな赤が辺りに飛び散るのが目に映った。
背後に纏った氷も砕け散ったのか、月の輝きを受けて彷徨うように宙に光が溢れ出している。
「隊長!」
あの声は松本か。
だが、息が詰まって答えてやることもできない。
俺の体は重力に逆らうこともできす
そのまま引き寄せられて地に向かっていく。
その途中、溢れる眩い光に包まれて、光の中に幻影を見た。
傷だらけだろうと、躊躇わずに差し出してくれた柔らかな白い手。
いつだって惜しげもなく俺に向けてくれた温かな霊圧。温かな光。
ああ。でも、これは違う。
あいつの持つ光はこの光よりも、もっと温かい・・・
孤独な月の行方(前編)
――夢を見る時間は人にとって不可欠なものなんだよ。
と、前に誰かから聞いたことがある。
寝顔の方が安らかな親友を毎日見ている今なら、その理由がはっきり分かるような気がする。
「人は現実だけでは生きられない。」
目の前で眠る雛森さんもそう。
彼女は夢の中で、優しかった頃の敬愛する藍染隊長に会っているんじゃないだろうか。
苦しい記憶なんて全て忘れて。
だから今も命を繋いでいられる。
できることなら。
私も夢の中でいいから日番谷君に会いたい。
・・いや。夢の中がいい。
現世にいる彼に、夢の中で会えるんじゃないかという期待だけでも
明日も生きていけそうな気がする。
だから。
日番谷君が現世に向かったあの日から、
一日の四分の三の時間を四番隊の病室で眠る彼の幼馴染の傍で過して、
残りの四分の一の時間は期待を込めた夢の中で過ごしている。
*
「どうしたの?灯りも付けないで。」
荻堂さんのその声に、辺りがすっかり暗くなっていることに気づいた。
「雛森さん、やっと眠れたから。邪魔したくないんです。」
「そうか。」
ゆっくりと音をさせずに扉を閉めると、
荻堂さんはそのまま雛森さんに注意を払いながら静かに私の方に近付いてくる。
「そう言えば、現世に派遣されていた隊が戻ってきたらしいね。
日番谷隊長、もうここには来たの?」
「・・いえ。
そんなことも・・知らなかったです。」
――日番谷隊長。
その名前を他の人の口から聞くだけで、どうしてこんなにも心が動揺して鈍く痛むのだろう。
帰ってきてたんだ・・。
心にいつも想っていた人が、今は何の言い訳もできないほど近くにいる。
そのことを、知ってしまった。
会える距離にいるのに、会えないという事実。
会える距離にいるのに、会いに来てくれないという事実。
「ああ、悪かったね・・。
ちゃんも最近この部屋に閉じ篭ってばかりいるから・・」
「雛森さんのこと、気になっていると思うし。
もうじき会いに来るんじゃないですかね。」
努めて明るく言ってみる。
だけど、荻堂さんの顔は更に曇ってしまった。
――気を遣わせて、ごめんなさい。
「・・そうだね。
もう夜も遅いから、ちゃんも早く帰りなさい。」
「はい。もう少しだけ雛森さんの様子を見たら帰ります。」
雛森さんの傍を離れたら、日番谷君に会えるチャンスを逃してしまう。
――だから帰れない。
「そう。無理しないようにね。
何かあったらすぐに呼ぶんだよ。」
いつものように私の頭を軽く撫でると、
荻堂さんは来た時と同じように静かに部屋を出て行った。