―――隊長とも、時間厳守ですからね。
私は準備がありますので。と、嬉々として執務室から消えていった松本が告げた時刻まで、あと小半刻。
常なら自分から重い腰をあげることは、まずないが。
12月20日。その日を喜んでくれる親しい者たちの心遣いを無下にするわけにもいかない。


「。終わらねえのか?」
この時刻。隊士のほとんどは今日の祝いの会場に向かったようだというのに。
目の前には、抱えた書類から視線を外すことのない三席の姿。

「申し訳ありません。この書類を片付けてから参りますから。隊長はお先にどうぞ。」

朝から、こんな様子でやんわりと避けられている。
誕生日の祝いに、と包みを携え執務室を訪れる者がある度に、彼女の顔が俯いていくのにも気づいていた。
そして、そんな気まずい空気に「なんとかして下さい」と無言で訴えてくる松本にも。


帰り支度を終え、の不機嫌の原因であろう赤いマフラーに手を伸ばす。
・・・貰い損ねちゃいましたね。手編みだったのに。
松本のお節介な声が頭に響く。

急ぎの書類を頼んだ覚えはない。
わざと忙しいようにしてみせて、俺を避けるの背に近づくと
背後から、細い首を包むように赤いマフラーをくるりと巻きつけた。

「た、隊長?!」
「書類は明日でいい。」

大きな目が見上げてくる。
頬が染まって見えるのは、マフラーの色味が映ったせいか。

「早くしろ。」
急かすように、マフラーの端をグイと引っ張る。

「きゃっ。首、絞まるじゃないですか!」

「人のこと、言えねえだろうが。」
「私は、力の加減してました。」

昨日、その手で同じように引っ張っていたくせに。
込めていた力を解くと、が巻かれたマフラーを労わる様にして引き寄せる。

「・・伸びて痛んでしまいますよ。」
「だったら、痛まねえうちに行くぞ。今日は終いだ。」


部屋の灯りの源に手を掛けてみせると、
待ってください!と慌てて片付け始める彼女が、いつになく素直に見えるのは気のせいだろうか。
少し不貞腐れたようにして後をついてくるは、大人しく首元の赤に彩られたまま。
寒いのか、肩を縮めて歩く姿は一隊の席官というよりも、頼りない一人の少女。

静まり返った隊舎の外は、やはり冷え込む。ちらほらと白い雪までが夜空に散り、二人を包む。
ひときわ冷たい風が通り抜け、の長い髪を揺らしていった。


「隊長。やっぱりお返しします。」

首元の赤に触れ、マフラーを解こうとする白い手を、そっと掴む。
その手が小さく震えたのは、冬の寒さのせいなのか。

「そういう派手なのは好みじゃねえよ。」

このままを連れて行けば、確実に松本にからかわれるだろう、とか。
雛森には何と言い訳するか、とか。そういうことが頭を過ぎらなかったわけではないが。



「このマフラー。冬のあたたかい香りがします。」
そう言って機嫌良く口元をマフラーに埋めた彼女に、どうしようもなく俺の口元も緩んでいった。









翌朝。
机の上には、書類の山と見知った赤色。
折り畳まれたマフラーと共にあったのは、リボンのかかった綺麗な包み。
―――誕生日おめでとうございます。
らしい控えめな筆跡を添えて。


どうしたら、それを手に入れられるか。
一昨日からそればかり考えていたなんて、絶対に言えねえ。





「White Night = Sleepless Night」 2008.12.20 birth day ――愛しい冬の香りがする。



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