柔らかに降り注ぐ日の光の中、花嫁が握り締めていた純白の花の束を宙に向けて放つ。
期待を込めた少女達のざわめき。もその行き先を見守るかのように追ってみる。
花々は空の青さに吸い込まれ、天高く上り、不意にの視界は太陽の眩しさに遮られた。
――行方を見失った。
そう思った瞬間。それは宙から引き寄せられるかのようにの元に降りてきて
ストン、と。咄嗟に差し出した腕の中に居場所を決めて納まっていた。



古の言い伝え。
瞳の奥に浮かぶ人。






込み上げる、愛しい





手には白い花の束。
着物は淡い花柄が散らされた薄紅色。

隊舎に向かうには、あまりにも似つかわしくない姿だと分かってはいるものの
自隊の隊舎を目指すの足取りは軽やかなものだった。
口実はちゃんとある。友人の幸せな姿を見届けるために少々無理して非番を貰ってしまったから、
隊務が無事に遂行されたかを確かめにきたのだ。と。
そして、もう一つ。ここに来たのは・・あわよくば想い人にこの姿を一目でも見てもらいたい。
そう思ってしまったから。
――これは心に秘めた理由。

薄紅の着物は、普段の黒い死覇装の何倍もを華やかに見せてくれる。
今日一日、男性たちから向けられていた気恥ずかしいような熱い視線を
もしかすると・・あの人も少しぐらいは向けてくれるかもしれない。
――こんな期待を持ってしまうのは、きっとこの花のせいだ。
左の腕に抱えるようにして持っていた白く優雅なブーケに手を伸ばして、そっと触れてみる。


知らないの?次の花嫁になれるっていう言い伝え。

その言葉を聞いた時、真っ先に思い浮かんでしまったのは長年憧れてきた、あの人の姿だった。
叶うはずのない想いを、この花たちは結んでくれるというのだろうか。


はブーケを抱えなおすと、十番隊の隊舎に続く道へと足を進め、続いて路地を曲がったところで
その歩みをピタリと止めた。
の視線の先には、眉根を寄せて手にした書類を捲りながら歩く上司の姿があった。
銀色の髪。白い隊主羽織。その姿は、まぎれもなく。
――まさか、こんなにも簡単に出会えてしまうだなんて・・。
いざとなると、結い上げた髪は乱れていないか、いつもより念入りな化粧は崩れていないか気になって仕方ない。
――ああ、手鏡、どこに閉まっただろうか。
そんなことを思っているうちに、上司の姿はから遠のいていってしまう。

「日番谷隊長。」

慌てて呼ばれた名に、その人は足を止め、書類から顔をあげるとの方へと振り向いた。
動作の一つ一つが、なんて絵になるのだろうと思う。いい加減に慣れてもいい頃なのに
日が経つにつれ慣れるどころか意識してしまって、視線を少し向けられただけで心奪われてしまう。
翡翠色の瞳を向けられると、は未だにどうしていいのか分からなくなる。


「あの・・お疲れ様です。」

目の前の人の澄んだ瞳がの姿を見つめ、わずかに揺れた。
けれど・・・

「・・どうかしましたか?」

その瞳は、が期待していたものとは少し違った。
熱い、というよりは憂いを含むような・・そんな気がした。




「いや。豪勢なものが歩いてると思っただけだ。」

一瞬、瞳を伏せてから返されたのは、いつもの少しからかうような口調だった。
素直に褒めてくれるとは思っていなかったが、こうきたか、と思い。一方で、先程の違和感を払拭する
ような相変わらずの口調には安堵してした。

「そういや、今日は非番だったか。にしても、随分な格好だな。」
「隊長。以前うちの隊にいた、三条菖蒲。覚えてますか?今日は、菖蒲の婚礼に呼ばれたんです。
 それで、これです。」

「なるほどな。じゃあ、それはなんだ?」

日番谷の視線はの腕の中の白い花たちに向けられていた。

「これは・・空から降ってきたんです。」

どういう意味だ?と、怪訝そうな瞳に問われる。


「隊長はブーケトスという現世の習慣をご存知ですか?花嫁が空に向かって花束を投げるという
 セレモニーがあるんです。それで、その花束を受け取った人は次の花嫁になれるんですって。
 これは・・それです。」

言ってから、日番谷の反応を恐る恐る窺ってみる。
少しぐらい期待してしまうような反応を返してくれたりしないだろうか―。

「いや、知らなかったな。お前に貰い手の当てがあったとはな。」

からかいの続きなのだと分かっている。

「べ、別に、当てがなくても・・。だって、花束落とすわけにいかないじゃないですか!
 私のところに飛んできちゃったんですから。」


日番谷は口元に笑みを浮かべてから、の手元の花に気まぐれに右の手を伸ばしてきた。
白い一輪の薔薇に柔らかに撫でる様に触れる手。その手は自分に向けられているわけでもないのに、
の心はどうしようもなく落ち着かなくなる。 自分でも、頬が熱いのが分かる。



「花嫁、な。・・勝手に奪うんじゃねえぞ。」

花たちに言い聞かせるようにして。
――胸の奥が跳ねるような言葉を。いとも簡単に紡ぐのだから。

「これでも優秀な部下だからな。」

――言わないで。分かってる。

日番谷の手が離れていくのを残念に思いながら、は一輪の花に視線を落とした。
心を揺らされてばかりだ。




「。隊舎に寄るんだろ?行くぞ。」

日番谷の白い羽織が閃く。
置いていかれないようにも小走りでその背に駆け寄って、少し後ろに並んで歩く。


「隊長にも幸せをお裾分けしますね。執務室に飾りましょう。」
「俺はいらねえ。」

「じゃあ、幸せとかじゃなくて、そのままの花として貰って下さい。
 後で執務室にお届けしますね。」


十番隊の門が近づいてくると、警備にあたっていた隊士たちが一斉に敬意を込めて隊長である日番谷に
頭を下げる。後に続いて、が門を潜ると少し歩いたところで日番谷が足を止めた。

「わかった。後でな。」





去っていく後ろ姿を見送りながら、は日番谷が触れた一輪の花を日番谷がしたのと同じ様に ふわりと撫でてみる。
――想いは、まだ遠いけれど。少しでも近づきたいと夢見てしまう。
白い羽織が見えなくなると、今度は束の中から白い一輪をそっと抜き取り、 躊躇いがちに口元に寄せてみた。


――あなたのように潔く。真っ直ぐな白。







[お題提供] site name : sherry  master : 悠亜さん



サイト移転前の、もう一つのモバイルサイトの方のWebclapに今も放置されている「瞳の奥の住人」という話があります。
思いつくままに急いで書いたので、丁寧に書いてあげることができなかったのがずっと心残りでした。
今年は雨シリーズに続く新しいシリーズとして、あの時書けなかった背景をゆっくり書いていくつもりです。 この話はその序章です。
タイトルは、相互サイト様でもある悠亜さんのお題配布サイト【sherry】からお借りしました。悠亜さんのところのお題は、どれも
ハッとするような素敵なお題なのです。前々から、是非書かせて頂きたいと思っていました。

そんな素敵なお題をお借りして、いざ一ヶ月ぶりに夢を書いてみたら、言葉が決まらない・・。
何てことはない冒頭だけでも何度書き直したか分かりません。うう・・精進します!






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