降り積もる静寂に、足跡。
「こんなに大盤振る舞いになるとはね〜。」
見上げた先には、綿のように柔らかな白雪が途切れることなくフワフワと空を漂っている。
自隊の隊長の誕生日に、と贈ったはずの雪がまさかここまで本格的に降ってくるとは。
不意に、目に映る景色の中で雪の白が揺れる。冷たい風が吹きつけて、じわじわと芯まで伝わる冷気に
乱菊は体を竦めた。お酒で温まっていた体すら、一気に冷え切ってしまいそうだ。
――私も、あの二人には本当に甘いのよね。
牡丹雪が華やかに闇夜を彩っていているのは、店の窓からも見えていた。
外の冷え込みは相当なものだとも分かっていた。それなのに。
「ありがと。でも、今日は寄り道する所があるの。」
一緒に飲んでいた京楽と七緒が部屋まで送っていくと申し出てくれたのを、迷うことなく断っていた。
そして、この寒空の下、わざわざ遠回りして十番隊の隊舎を目指しているのだ。
――だって。この雪見てたら、思い出しちゃって放っておけないじゃない。
・・・まさかとは思うけど、
がくるのを一人で待ち続けていたりなんて・・してないわよね?
あの子、ちゃんと隊長のところに行ったわよね?
日番谷を残して執務室を飛び出してきた夕刻から、結局気になって仕方ないのだ。
大丈夫だろうとは思うのに、それでも足は雪道を進んでいく。
過保護だという自覚もあるし、お節介だというのも分かっている。
だけど。あの二人は不器用で、危なっかしくて、目が離せない。
*
柔らかな雪が時折頬を掠めて、その度にヒヤッとした感触が肌に溶けていく。
窓から見た時には「幻想的」と心踊るようだった白い世界に、今はすっかり自分自身が
取り込まれてしまった。
――本当なら、今頃はもう湯船に浸かって冷えた体を温めている頃なのに。
誰に頼まれたわけでもないが、やはり少しはこの苦労をあの二人に知ってもらっても
いいんじゃないかと思う。
もしも、隊長が一人寂しく執務室に残っていたとしたら、
その時にはもう一杯飲みに行って奢ってもらうんだから。
・・きっと凄く機嫌悪いだろうけど。
門を警護していた隊士たちに声をかけ、もう誰も残ってはいない隊舎に足を踏み入れる。
徐々に近づいてきた目的の場所に視線を遣ると、執務室の辺りがぼんやりと明るい。
――ああ。これは、隊長も大荒れかしらね。様子見に来て正解だったかも。
隊舎の中は、地面に降り注ぐ雪の音さえも聞こえてくるかのような特有の静けさに包まれている。
その静けさは執務室の中も同じで、わずかに漏れ出す光の前で、乱菊はその扉を開くのを一瞬躊躇った。
日番谷が灯りを消し忘れるということは考え難い、となるとまだ部屋にいるはすなのだが気配がない。
もともと日番谷は常から完璧なまでに霊圧を消してはいるが、中は静か過ぎる。
改まってノックっていうのもね・・
執務室なんだから気を遣う必要なんてないわよね?
「隊長?・・いますか?」
返ってはこない返事。
そろそろと扉を開けると、上司が陣取っているはずの机にその姿はなく、
その代わりに夕刻には散らかっていた書類たちが、きっちりと机の上に積み上げられていた。
足を踏み入れると、目に飛び込んできたのは、その手前。
来客用に設置されているソファの上に体を横たえている人物だった。
隊主羽織のない死覇装の黒。しかし、髪の色からしても日番谷であることは間違いない。
――もしかして。待ちくたびれて眠っちゃったとか?
こちらに背を向けて眠る上司に――風邪ひきますよ?
声をかけようと近づいて、乱菊は慌ててその言葉を飲み込んだ。
先までは陰に隠れて見えなかったが、そこにはもう一人の黒髪の少女。
白い羽織に包まれて、そのまま日番谷の腕の中にしっかりと納められていた。
抱き寄せた腕の中に天使。の図といったところだろうか。
――なんだ。ちゃんと来てたのね。
二人の表情は見えないが、きっとこの上なく穏やかで幸せに違いない。
もう私が手を貸す必要なんてないのかもしれないわね・・
そのまま、ぼんやりと二人を見守る。
「分かるだろ。・・こいつだって。」
それは、随分前に日番谷が言った言葉。
いつだったか、「なんでだったんですか?」と問いかけた乱菊への答えだ。
その時は、隊長も見せ付けてくれるじゃないと思ったものだが
驚いたのは、その後。にも、からかいついでに同じことを尋ねた時だった。
「理由ですか?うまく言えないですけど。
でも・・分かるじゃないですか。この人だなって。」
二人を見ていたら、運命ってやつを信じたくなる。
だから、今でも目が離せない。
――それに・・嬉しかったのよ。こんなにも素直な隊長が見られるなんて。
そう。そんな二人を見てるのが、ただ、嬉しいのよ。
鼻がツーンとするような寂しさと暖かさと。
今日は、やっぱりもう一杯飲みたい気分かもしれない。
盛り込んでいたエピソードをざっくり削ってしまいました。なので、なんとも短い話に。
削ったエピソードは、また別の形で書き足したいです。ここでは過去回想で無理に押し込んだ形になってしまっていたので。
さて、これで冬の誕生日話は残りあと一話。頑張って修正します。
・・・ですが、本当の闘いはこれからですよ(笑)ここから、更に昔に書いた話に遡っていくので、苦労しそうです・・。
(2009.2.22 加筆・修正)
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