さくらのころ





「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます。」

畏まった様子で告げた後、礼儀正しく深々と下げられた頭。の長い髪が、はらりと流れ落ちる。
貴族の出のにとって「花見」とは、公の特別な行事なのだろう。
部下の着飾った姿と対象的な自身の着流しに、日番谷は苦笑を漏らした。
――大袈裟にするつもりはなかったが、少しは気を遣うべきだったか。

「そんな、堅苦しいもんじゃねえよ。」

すみません、と俯いたを邸内の庭に招き入れながら、好ましい色彩の着物姿に目をとめ、
・・だが。それは、いいんじゃねえか、と心の中で呟く。



手入れが行き届いていないというわけではないが、別段、造り込んでいるわけでもない。
自然に任せた殺風景が広がる庭園。そこに、珍しくも若い女の彩りが添えられる。
庭の淡い桜の色彩に、がもつ華やかな色合いが溶け込んでいく。


「一番乗りでしょうか?」

大勢での花見の宴を予想していたの口から、控えめな疑問が投げ掛けられた。
そこには、数本の桜の木の淡さが静かに佇んでいるだけ。

「・・ああ。」
「皆さん、この時期はお忙しいですから。遅れていらっしゃるのでしょうね。」

桜を愛でるの瞳は、いつになく深い優しさを帯びている。
――黙っている理由もないだろう。

「呼んだのは、お前だけだ。」


沈黙の後に、優しい色の瞳が瞬きをみせる。
まるで、桜の花が風に吹かれ可憐にひらめくように。


「・・お前も来い、と仰ったじゃないですか?」

「好きなんだろ。」

低く落とした言葉に、目の前の頬がさっと朱色に染まる。
反射的に大きく動揺したの様子に、日番谷の瞳が満足気に緩んだ。

「桜。ここのはどうだ?」
さくら?と、問い返してから、意味を解したその頬は更に色味を増していく。

「・・近くで、拝見しても宜しいでしょうか?」


その場から逃げるようにして、の姿が足早に桜の木へと向かっていく。
サク、サク、と庭園に敷き詰められた玉砂利が軽快な音を刻む。時折、地面の砂利に足をとられながらも
瞳はすっかり桜の花に見入っているようだ。
動きに合わせてヒラリと揺れる裾を、日番谷の手が背後からゆっくりと掴む。今度は驚かさないように、と。

「・・どうかなさいましたか?」

「転ばれたら困るからな。」
「そんな、子供のような真似はしません。」

強気な風を装いながらも、今度は握られた袖ばかりを気にしている。
――それはそれで良い反応だ。


「桜。気に入ったか?」

「・・はい。とても。」

鮮やかな色の袖から手を解くと、そのまま柔らかな手にゆっくりと触れる。
勿論、細心の注意を払いながら。
握った手にわずかに力を込めると、の手が戸惑いを含むように小さく震えた。


「どうしたらいいか、分からなくて・・」


桜の淡い気配が二人の頭上で揺れていく。
込み上げる感情に、日番谷はそっと瞳を閉じた。


「・・俺もだ。」






―――本当は。気に入ったと答えたなら、告げてしまうつもりでいた。
好きだ、と。






【お天気屋。】2周年おめでとうございます!
てんさんへ。心をこめて――。(090425)





だいぶ前に頂いていたリクエストとは違う内容なのですが・・
折角の季節なので、「お天気屋。」のてんさんに初々しい二人の話を贈らせていただきます。
1周年に、20万打に、2周年に。てんさん、おめでとうございます!

手直ししたい部分もあるので、また改めてお届けに伺いますね。
企画に提出させて頂いた「花心、きらきらとふる」の二人をイメージしていたり。そんな話です。