―――柔らかな、春の木漏れ日のようだ。
そっと肩にかかる感触に日番谷が意識を覚醒させると、傍らには、しまった、と慌てた様子の
の姿があった。
「まだ、少し冷えますので。」
自身の淡い色のショールを背に残したまま、隊首席から距離をとるように後退っていく。
「どれぐらいだ?」
「四半刻ぐらいでしょうか。お疲れのようですね。」
疲れ。まあ、それは常のことだ。重大なのは、それ程にも長い間、の存在に気付いてやれなかったこと。
遅くとも、執務室に足を踏み入れた時点で感知できない霊圧などはない。
例え、その眠りが深いものだとしても。
「春のまどろみには、誰だって敵わないのですね。」
日番谷隊長でさえ、そうなのですから。と、事の核心から遠ざかるように笑ってみせる。
わかっているくせに。
の霊圧は、確実に弱まっている。
どうしてこんなにも人事のように微笑んでいられるのか――。
「。」
・・はい。二人の距離を保ったまま、窺うような瞳がこちらを見つめる。
以前なら、すぐに駆け寄ってきたものを。
手元にあった一枚の書類を翳して見せると、渋々という様子での足取りがこちらに向かう。
華奢な手が迷いながらも伸ばされたところで、隙ができた方の手首を瞬時に捕らえた。
「随分と警戒されたものだな。」
冬獅郎。と、咄嗟に非難の声をあげ、逃れようとするの腕。
離さねえ。と、力を込め、囮の書類をヒラと机に放ってみせる。
「もう、この策は使えねえな・・。」
何か言いたげな彼女の瞳には構わず、静かになった腕と肩を抱き寄せる。
また、細くなった。隠しきれないほどに霊力も衰弱している。
死神として瀞霊廷に在り続けることができなくなるのは、もはや時間の問題だろう。
触れる手にありったけの優しさを込めてから、絡ませた指を、そのまま左のくすり指に滑らせていく。
一緒になろう。と贈った銀の輪の所在を、時折こうやって確かめる振りをする。
今まで、一度もその指に納められたことはないのだが――。
「捨ててねえだろうな。」
なぞるようにして、その場所を辿ってみせる。
「・・大切にしまってあります。」
「観賞用にやったんじゃねえぞ。」
・・わかっています。
拒むことも、受け入れることもできず、は、ただそこに佇んでいる。
原因が解明されることも、解決策もない自分の運命を、一人で見定めようとしている。
交わす言葉は少なくなった。
日番谷にできるのは、ここに引き止めるようにを
強く抱きしめること。
「霊圧の高い人は、近くにいる者に微量の霊力を与えるのですって。感化されて力が宿った例もあるって。
・・こうやって傍にいたら、私の欠けてしまった力も戻るかもしれませんね。」
ゆっくりと愛しい重みが傾けられる。
「やる。全部、お前にやる。」
「・・隊長。」
微かに声が震えている。悲しませるために、愛しているわけじゃない。
それなのに、言葉はすでに悲しみしか与えられない。
「今年も。一緒に見に行って下さいますか?」
―――さくらのはな。
額を強く押し当てたを黙って受け止め、白く柔らかな、うなじに控えめに唇を落とす。
こんなにも惹かれあっている。じわり、と熱をもつ目頭をそっと閉じた。
「お慕いしています。こんな風でなくて・・そうしたら。私、きっと。」
―――あなたを好きになったと思います。
淡く儚い花びらは、心の底に溢れた想いをのせて。
きらきら、きらきら、と。春の静寂に舞い降り続ける。
企画【To look for spring】/title
花心、きらきらとふる(090329)