縮まる距離感






ふと、思った。


(そういえば、もう一年くらいになるのかな)


日番谷を応援し始めて、そろそろ一年が経とうとしている。
何だか早かったようだなんて思いながら、無意識のうちにイヅルはある一点をじっと凝視してしまっていた。
もちろんそんなじろじろと見てくる視線に相手が気付かないはずもなく。


「吉良、どうかしたのか」
「い、いえ、何でもありません」
「そうか?それならいいが」


書類から顔を上げた日番谷に問われ、イヅルは慌てて首を横に振る。
不審げな目で見られたものの何とか誤魔化せたようで、ほっと胸を撫で下ろしていると、不意に乱菊が席を立った。


「隊長ー。ちょっと資料探しに史書室に行ってきます」
「ああ、分かった」
「すぐに戻ってくるつもりですけど、もしが来たら少し待っててもらえるように伝えてもらえます?」


何ともなしに言った言葉のようだけど、ある一部分に日番谷とイヅルが反応した。
イヅルの方には気付かなかったが、乱菊は日番谷の方には気付き、ふふっと笑みを浮かべてから説明を付け足す。


「雛森はちょっと用があるらしいですよ。だから、が受け取りに来てくれるんだそうです」


もともと書類は雛森が取りに来るはずだったのに、いつのまにかその役割がに変わっていたらしい。
別に他意はないですよーと言いながらも乱菊は楽しそうに笑っているものだから、どうも信じ難い。
その日番谷の疑いの視線を軽くかわし、「じゃ、行ってきますねー」と高らかな声を残して乱菊は颯爽と部屋を出て行った。


「騒がしくして悪いな、吉良」
「あ、いや、松本さんらしくていいと思います」


残された部屋には日番谷とイヅルという比較的静かな二人。
乱菊がいなくなったことで執務室は無駄な会話もなく、しん、と静まり返っていた。

この静寂は続くかに思えた、のだが。


「…その、とはどうですか?」


まさかイヅルからこんなことを聞かれるとは露にも思っていなかった。
驚きはしたものの、何とか冷静を保ちつつゆっくりと顔を上げると、見えたのは聞いた側のくせに不安そうにしているイヅル。


「ちょっと話に出てきたので…、あ、その、別に答えにくいようなら大丈夫です!」
「そういうわけじゃねぇよ。それより、前から聞きたかったんだが、何でお前は俺の応援とやらをしてンだ?」


浮竹が応援してくるのはまだ分かる。名前が似ているからといって、妙に日番谷のことを気に入っているようだから。
だけど、を可愛がっているイヅルが、どうして自分をこうも応援してくるのかが日番谷には分からなかった。
そんな中、イヅルは最初きょとんとしていたが、次第に不安げに眉を下げたかと思えば、なぜか思い切り頭を下げてきた。


「すみません!迷惑とかだったら、」
「別に。逆にお前に睨まれると面倒だし」
「え?」


どういう意味だろうと首を傾けるイヅルに、日番谷は曖昧な表情で「何でもない」と言葉を濁しておく。
実際イヅルに睨まれたりしたら本当に面倒だろう。
この保護者は幼馴染でもあるに対しては本当に甘すぎるくらいに甘いのだ。


(コイツに睨まれたりしたら、たぶん邪魔とかされんじゃねぇか?)


普段は穏健だが、に関してはそうとも言い切れない。
それくらい大事にしている幼馴染のくせに、どうして自分を応援してくれているのかがやっぱりまだ謎のままで。

けれど、その謎は、意外にもすんなりと教えられる。


「誰かれ構わず応援するというわけではないんです」


優しげな声で口にしたのは、"日番谷だから"という理由。


「日番谷隊長と話してるときのは楽しそうですし、よく笑ってるような気がするので」
「そうなのか?」
「はい。だから、きっと一緒にいるのが嬉しいんだと思うんです」


そんなふうにがいつも笑顔でいれる相手だから、僕は応援してるんです。

穏やかに目を細めて、どこにも嘘のない言葉で真っ直ぐに伝えてくるから。
本人から言われたことではないのに、それが真実であるように思えてしまって、日番谷は僅かに目を伏せてから不器用なお礼を口にした。


「………そりゃどうも」


頭の中には前に会ったときの笑っていたの顔が浮かんできて。
どうにも照れくささが増してきてしまい、イヅルから顔を隠すように、書類へと視線を落とした。

その空間に響いた声は、部屋の外から。


「失礼致します。五番隊三席です。松本副隊長はいらっしゃいますか?」


タイミングが良いのか、悪いのか、話していた渦中のの声にイヅルは慌ててしまい、日番谷も少なからず動揺していた。
しかし、それを顔には出さずに日番谷は一旦息を吸ってから、廊下へと聞こえるよう声をかけてやる。


「松本なら席を外してる。すぐに戻ってくるって言ってたから中で待ってろ」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」


襖に手をかけ、素早く開けて、外は寒いので中にいる日番谷への配慮のつもりで襖はすぐに閉める。
そして、閉めた後にくるりと振り返ったとき、ようやく部屋にいたもう一人の者に気付けた。


「吉良副隊長?」
「う、うん。お疲れ様、。松本さんは資料を取りに行ってるみたいだよ」
「そうなんですか。教えてくださってありがとうございます。あと、お疲れ様です!」


逸早くイヅルに気付いてから、少し話して小さく頭を下げ、顔を上げたらもうそこには笑顔があった。
たいしたことをしてもいないし、話してもいない。
それでもイヅルといるだけでにこにこと楽しそうにしているを見ることは少なくなくて、日番谷は自然と片肘を立てていた。


(吉良といる方が笑ってるように見えるけどな)


まず最初にイヅルを見つけ、話しかけるところからしても、まだ自分は負けているような気もする。
考えたら苛つきそうになったけど、眉間に皺が寄るより前に日番谷にも遅れて声がかけられる。


「お疲れ様です、日番谷隊長」
「ああ。悪いな、わざわざ来てもらったのに待たせて」
「大丈夫です。気にしないでください」


今日は仕事がそう多くないのか、あまり焦っていないようなに安心して、日番谷は立てていた肘を下ろした。
そして、もう何度か言い慣れた言葉をへ。


「とりあえず、そこに座って待ってろ」
「あ、はい。それでは失礼します」


頭を下げてから、執務室に置かれているソファへと沈み込む。
あとは乱菊が帰って来るのを待つだけ。のんびりと座っていよう。そう思っていたのに。


「…?どうかしましたか?」
「いや、いつもそこに座るなと思っただけだ」


そこ、と指差されたのは今がいる場所。
三人掛けソファの右端、スペースは十分空いているのに本当に端の方に座っていた。
言われてみて初めて、そういえば、とが気付いていると、話を聞いていたイヅルが不意に会話に混じってくる。


の定位置みたいな感じですか?」
「そうだな。他のヤツがそこに座ってると少し違和感がある」


何となく、その場所には気付けばがいるような、そんな感じがする。
刷り込みみたいなものかもしれないと、変わらない声のトーンで淡々と話す日番谷にとってはたぶん些細なことなのかもしれない。でも、としては淡々と聞いていられるようなことではなくて。


(……この部屋に居場所があるみたいでちょっと嬉しい、かも)


日番谷がいつもいるこの部屋に、自分がいてもいい場所がある。
ちいさなことだけど、何だか妙に嬉しくなって、引き締めようとしても頬がゆるゆると緩んできてしまう。
情けないなと思っても止められない緩みを最後には諦めて、柔らかいソファにもう一度ぽすんと沈んだ。


?」
「っ、はい!」
「どうかしたのか、お前」


そんな些細な幸せに浸っていたために、突然かけられた声に、びくっと思い切り反応してしまった。
少し大きめな声になってしまった返事は動揺を隠せていなかったせいで、日番谷には不思議そうな目で見られてしまう。
だけど、さすがにさっきまで考えていたことを言うわけにもいかず、はちょっとだけ首を横に振り、口を開いてみる。


「なんでもないです」
「本当かよ」


本当ですよ、と言いながらも頬は幸せそうに緩んだままでふわりと柔らかい笑みが浮かぶ。
それを見ながら、さっきイヅルから聞いたことを思い出し、日番谷は軽く表情を緩ませた。


「確かにへらへらしてることは多いかもな」


一緒にいるときのはよく笑ってるような気がする。
イヅルにそう言われたときにはあまり自覚はなかったけど、今は少しばかり自信もできてきて、唇に弧が描かれる。
だが、今の言葉のせいでからは笑顔は消えてしまったけども。


「…へらへらって何ですか」
「いや、こっちの話だ」


むむっと眉を寄せ、抗議するように日番谷へじーっと視線を向けてみる。
それもさらりとかわされてしまい、更に眉間に皺が寄りそうになったのだが。
日番谷が小さく笑ったのが見えて、それがどこか嬉しそうに見えてしまったから、は不思議そうにことりと首を傾けた。


「吉良、この書類だが最後の市丸の認印が抜けてる」
「え!?」


そんな中で、まさか自分に声がかけられるなんて思っていなかったようで、イヅルは思いのほか大声を出してしまった。
意外に声が響いてしまい、結構恥ずかしかったのだが、何とか頭を切り替えて、日番谷の手にある書類を受け取る。


「…あ、申し訳ありません!」
「お前が悪いワケじゃねぇ。他の書類は全部これで問題ない。待たせて悪かったな」
「そんなことありません。日番谷隊長は決済が早くて助かってます」


自分の隊の隊長と比べて、はぁ…と遠い目をしながら溜息を落とす。
これにはさすがに日番谷も同情してしまっていると、それに気付いたのかイヅルは慌てて「大丈夫です」と取り繕った。
そして、日番谷と、二人を気付かれない程度にちらちらと見てから、俯いた。


(それにしても、)


さっき話していた二人を見ていて、思ったことがあった。
あんなふうにふわふわと柔らかく笑って、幸せそうに誰かを見つめているところは、見たことがないような気がするから。


も日番谷隊長のこと意識してるんじゃないかな…なんて)


ただの勘でしかないけど、もしそうだとしたらと考えると、大事な幼馴染が離れていく気がして少しは寂しい。
けど、さっきみたいに嬉しそうに笑ってくれるならそれもいいのかなと、そこまで考えてイヅルは僅かに微笑んだ。


「吉良、どうかしたのか」
「吉良副隊長?」


しみじみと勝手に先を想像していると、何か悩んでいるのかと日番谷とが声をかけてくる。
二人して心配そうな顔をしていたから、もう一度「大丈夫ですよ」と笑ってみせたら、ほっとしたようにも笑ってくれた。

その表情は、日番谷に向けていたものとは、やっぱりちょっと違っていて。


(一年くらいで結構進歩したなぁ、日番谷隊長)


きっとこの一年頑張ったんだろうと勝手に日番谷の奮闘を想像して、少しずつ雰囲気が柔らかくなってきている二人へ笑顔を贈った。
 

 

 





大好きなサイト「Little Fortune」さまから、1周年記念のフリー夢を頂いてきました。
綾瀬さま、1周年おめでとうございます!
恋人同士なのに、やきもきしてたり、周りから応援されてたり(笑)
そんな二人が交際宣言する日はやってくるのでしょうか?楽しみにしてますね!

綾瀬さま、素敵な夢をありがとうございます。





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