待ち合わせている訳じゃない。
会える日もあれば、会えない日もある。

それでも初めて出会ったあの日から、夏の日も冬の日も惹かれ合うように
この桜の木の下にやってきて名の付けようもないような曖昧な時間を二人で過ごす。
そうやって、もうどれぐらいの月日が過ぎただろうか。
俺は十番隊を背負う立場になり、も五番隊の七席になったと聞く。
とりあえず、二人の間に流れる沈黙さえも心地良いと思えるぐらいの月日は経っていた。



――春にはあと一歩足りない。






鈍く光る、その先に。






まだ少し寒い桜の木の下で、が淹れてくれた茶を受け取ると湯呑みからは真っ白な湯気がたつ。
いつからかが用意してくるようになった茶はいつだって美味い。
温かなそれでゆっくり喉を潤しながら、先程から黙ったまま隣に座るに視線を移した。
最近は、近づく春に「少し、蕾膨らんだよね?」「明日には桜咲くかな?」と
ここに来ては、はしゃいでいたのに。今日はやけに静かで、の思いの先が気になる。



「・・ねえ、日番谷君。どうしよう・・」

口を開いたと思ったら、透き通るような声で懐かしい呼び名を呼ぶ。
時折、まだ俺が席官だった頃の昔の呼び方の癖が出る。そういう時は大抵、悩み事があって
上の空でいる時だ。

「何かあったのか?」

は俺の方を見ないで、遠くを見つめたままこっくりと頷いた。


「あのね。・・好きですって言われた。お付き合いして下さいって。」

「そんなの初めてじゃねえだろ。」

の上司である雛森が、が男共から想いを告げられる度にお節介にも報告に来るのだ。
だから、その容姿を、天性の安らぐような微笑を。自分のものにしようとして玉砕した奴が
山のようにいることを嫌というほど知っている。
そして、雛森は毎回のように口煩く一言添えていくのだ。
「日番谷君、のんびりしてたら誰かにとられちゃうよ?」

いつものことだ。そう、いつものこと。
それなのに、俺もまたいつものように心が焦る。
がいつの日か首を縦に振る日がくるかもしれないという焦燥。
それなのに、未だに俺は玉砕することすらできずに隣にいる。




「・・でもね。今回はちょっと違う。」

強く吹き付けてきた風にの長い髪がなびいて、遠くを見つめる姿がいつもより大人びて見える。
・・俺はこの表情を知っている。

「私。すぐに断らなかった。返事を迷ってる・・」

雛森が藍染に追いつきたいと夢中になってた頃の、あの表情と同じだ。
どこか遠くを見るような、その瞳。俺の知ってるのどの表情とも違う。



「それと。これ、貰っちゃったんだ。」

湯呑みを置いて、が懐を探ると小さな銀に光る輪が掌できらっと光った。

「心が決まったら、ここにつけて下さいって。」

そう言いながら、人差し指で自分の左の薬指にそっと触れる。


「そんなの。受け取ってんじゃねえよ。」

裏切られたような感覚に心が疼く。

「そうだよね。確かに強引に押し付けられたけど。
なんで受け取っちゃったんだろう・・」

俺の様子には気付かずに、は指輪を空に向かって翳すと
それを愛おしそうに見つめた。


「これが欲しくて迷ってるわけじゃないよ。
・・・好きに・・なっちゃったのかな・・」

今度は指輪を自分の胸元に引き寄せると、抱き締めるようにしてから
細い指先でそっと銀の光をなぞった。



「ねえ。どうしたらいいと思う?」

無邪気に聞いてくる、お前にこそ聞きたい。
どうして、そんなこと俺に尋ねる?


「・・んなこと聞くな。俺が決めることじゃねえ。」



「ねえ。何か怒ってる?」

俺を覗き込むの澄んだ瞳が近い。赤く色付く唇が近い。

「煩えよ。」



湯呑みを置くと、その場から立ち上がってに背を向けた。
全く。ガキみたいだ。
俺がこんなだから。いつだって、大事なものは俺の手から零れ落ちていく。


「迷う必要なんかねえだろ。」と言って、
抱き締めることができれば、の心を変えることができるかもしれない。
「ずっと傍にいろ。」と言って、
その唇を引き寄せることができれば、の心を繋ぎ留めることができるかもしれない。

だが。心の奥底にある、もう手遅れだという予感が俺を縛り付ける。
困らせたくはない。を・・苦しめたくはない。





「・・うるせえよ。」

呟いて、蕾のままの桜の木を仰いだ。






――春の女神は振り向かない。











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