この世の全てのものが、澄み渡るような寒さに息を潜める朝。
時刻はまだ日の光が差し込む前。
日番谷が十番隊舎に向けて足を踏み出すと、静まり返った世界に広がる寒さは
誰もが身震いするほどのものだった。
足を止め、キリキリする冷え切った空気を肺に吸い込み、染み入るような冷気を深く吐き出す。
その途端、白の世界に包まれる。自分の周りだけに広がる小さな白い世界。
もう一度、肩に力を入れ前を見据えると、今度は冷たい空気をきるようにして歩を進める。
廊下に響き渡る一人分の足音も、今日は乾いた音が際立って聞こえるようだ。
見慣れた執務室の前に辿り着くと、ひんやりとする扉に手をかけ、常のように開け放った。
次の瞬間、翡翠の瞳に飛び込んできたのは見慣れぬ光景。
いつもの書類の代わりに、机の上に積み上げられたのは色とりどりの包み。
――ああ。今年もこの日がやってきたのか。どおりで、寒いわけだ。
白が舞う日に・・(前編)
「ねえ、隊長?聞いてます?」
「ああ、煩せえぐらい聞こえてる。」
相変わらずな上司の態度に、仕方ないと乱菊は大きく肩を竦めてみせる。
長年の経験と彼の性格を考え合わせれば、素っ気無い返事以外は返ってくるはずもないのだけれど。
「ねえ〜隊長。今日ぐらい早く切り上げましょうよ。隊長の誕生日は今日しかないんですよ。
・・・ああ!もしかして、がまだ来ないから拗ねてます?」
「松本。余計なこと言ってねえで黙って仕事しろ。」
書類から目も離さずに、手馴れたようにぴしゃりと告げる。
「でも、遅いですね。
、隊長の誕生日ちゃんと知ってます?」
勿論冗談のつもりだ。
が、日番谷の筆の動きが一瞬鈍った。
「ま、まさか、知らないとか・・忘れてるなんてことないですよね。
そりゃ、あの子最近すっごく忙しそうにしてるけど。でも、そんなわけないですよね〜?」
その場をうまく取り繕うように。なのに、沈黙が――やけに恐い。
眉間の皺も一層深くなってはいないだろうか。
「・・そう言えば、、今日は流魂街での任務だって言ってたし。
長引いてるのかもしれませんね。」
「・・・そう、なのか。」
「ん?隊長知らないんですか?
恋人が今どこで何してるか知らないんですか?」
「そんなの、いちいち知る必要ねえ。」
「ふ〜ん、随分余裕ですね。前はの行動ぜ〜んぶ、どこからか情報仕入れてきてたのに。」
「なっ、んなことしてねえ!」
日番谷が思わず筆を止めて言い返すと
思惑通りと言わんばかりに乱菊は、妖艶な笑みを浮かべた。
「まっ、いいですけどね。
ああ、大丈夫ですよ。には内緒にしておきますから。」
言いながら、からかうように人差し指を艶やかな唇の前に翳してみせる。
「その代わり、今日は・・」
「任務の報告書を上げるまでは帰さねえからな。」
このペースに乗るわけにはいかない。
無視して言い放つと、再び書類に筆を走らせていく。
副官が何を言い出したとしても、もう完全に無視だ。と決め込んで。
「ああ!!隊長。隊長!」
「・・・今度はなんだ。」
「隊長!私からの誕生日プレゼントです!あれです!」
指差すのは、窓の外。
その先に見えるのは、ふわりと舞う白い雪。
「あれ、か?」
「はい。あれ、です!」
「あれ、は贈るものか?」
「ええ。手に入れるの大変なんですから〜。」
思いつきであろう発言。
それでも、日番谷は敵わないというように苦笑した。
「そりゃ、ご苦労だったな。有難く受け取っとく。」
「ども。」
「にしても。毎年毎年、寒いものばっかりだな。」
「文句言わないでくださいよ。
隊長は一番欲しかったものを手に入れたんだし、だから、いいじゃないですか。
それ以上の贈り物なんて探せないです。」
「・・まあな。」
落とされた意外な呟き。
・・あら、素直じゃない?
一番欲しかったもの、とはの事を指して言った。
日番谷も自分で答えておきながら、視線を外しているところを見ると
意味は分かっているらしい。霊圧も少し和らいだ。
・・今がチャンスかしらね?
「おし! じゃあ、隊長が今一番欲しいものを連れてきてあげます!」
乱菊はその場から素早く立ち上がると、そのまま軽やかに扉に向かい見事な勢いで部屋を出た。
「おい。松本!」
声を飛ばした時には、すでに副官の姿は部屋の中から消えかけていた。
・・ったく仕方ねえな。
息を吐いてから、手の中の筆を置き、目の前の湯呑みに手を伸ばす。
ふと、思い出したように席を立ち、窓に近づくと湯呑みの熱を手に染み込ませながら
舞い降りる白い雪を眺める。
自分の誕生日など、わざわざ教えるものでもない。約束をしているわけでもない。
そんなことをしなくとも、は来るだろう。
「誕生日」というものに特別な感情など持ってはいないが、
それでも、今日という日に会いたいと思うのはなぜなのか。
待っている時間すら、やけに長く感じる。
――朝から随分冷え込んでたからな。あいつ。大丈夫だろうか・・。
去年の「誕生日企画」で書いた話を加筆・修正した上での再録です。
ストーリー自体は変えないつもりですが・・一年で変わるものですね。どう手直したらいいのやら、というぐらいに
文章の書き方も変わっていて、この数ヶ月途方に暮れていました(笑)
折角の冬なので、誕生日話を優先してアップしていきます。
一周年企画でいただいたリクエストもあるので、コツコツ修正していきます!
(2009.1.4 加筆・修正)