白が舞う日に・・(後編)




一層の寒さが窓ガラスから伝わり、冷気が部屋の中にまで滲み出してきた頃。
ひらひらと舞い降りる雪も、闇夜にその色の濃さを増していた。


――もしかして。本当に来ねえのか?
心配なのか、焦りなのか。どちらにしろ落ち着かない感情に、先程から日番谷の書類を捌く手も鈍っている。
待ってても仕方ねえか。そう思い、席を立ち上がりかけた時。

コンコン、と室内に鳴り響く音。

ほっと息をついてから、遅えよ。と心の中で呟く。


「ああ、入れ。」

誰かなど確認する必要もなく。そこには、待ち続けていた愛しい霊圧があった。
開いた扉から姿を現したは、白い肌にほんのりと頬が赤い。
寒空の下、急いでここまでやって来たのだろう。体も冷え切っているはずだ。
淡い桜色のマフラーを首にしっかりと巻きつけ、手を擦り合わせて身を縮める姿に
日番谷は無意識に頬を緩めた。


執務室の奥を陣取る広々とした机に近づくなり、が口を開く。

「正直に答えて下さいね。」
「な、急になんだ?」

「今、抱えている仕事。どれぐらいありますか?」
「はあ?」

まるで問い詰めるかのように。何とも突拍子もない質問。
しかし、の勢いは止まらない。

「その書類、貸してください。手伝います。この束も貰いますね。」


愛しい想い人が微笑みながらプレゼントを渡す・・という想像とは、掛け離れた目の前の光景。
むしろ、逆にこちらに手を伸ばして書類を渡すように催促してくる。
状況は飲み込めないが、自分のことを考えてくれての行動だろうか?


「いや、今日ぐらいは早く引き上げる。気にするな。」
「今日だけじゃ駄目なんです。明日は休みをとりますよ。」

「おい。無理に決まってんだろ。」

「だから私が・・」
「。」

埒が明かない状況に終止符を打つべく、日番谷はその一言での勢いを止めた。
それから、ゆっくりとを見つめる。

「どうした?らしくねえな。」

いつになく優しい日番谷の口調。




・・・ずるいな。
は観念したように苦笑いを浮かべると、差し出していた腕を静かに下ろした。

「これ。私からです。」

懐から少し煤けた茶の紙包みを取り出し、掌におさまるぐらいの小さなそれを日番谷に向けて差し出す。
何も言わないけれど、誕生日の贈り物ということなのだろう。

「あけてみてください。」

日番谷は包みを受け取り、言われるままに中を開いた。

・・・これは?


「明日はそれを手土産にして、潤林安に帰りましょう。」

包みを開けて目に飛び込んできたのは、どこからどう見ても甘納豆だった。
何となくの意図が分かると、日番谷は安堵と共に目を細めた。


「。これ、わざわざ買ってきたのか?」

その包み紙は、懐かしい故郷の店のものだ。

「任務の帰りに潤林安を通ったのです。
それで・・お祖母様に教えていただいて。」

「一人で行ったのか?」

日番谷の口調が少し強くなる。
と祖母がどれだけ打ち解けても、一人では勝手に会いに行くな。と強く止められていた。

――やっぱり怒られた。


「だって。折角だったし・・。久しぶりだったし・・。
 お会いしたかったんです。」
「で、なんで急に俺を連れ帰る気になったんだ?」

「そ、それは・・・」

は急に口ごもると、そのまま目を逸らした。
仕方ねえな。日番谷は深く腰掛けていた場から立ち上がり、の方に歩みを進めた。


「何か、あったんだろ。」

その声で優しく問いただされると素直に従うしかなくなる。
そのことを自覚しながらも、はゆっくりと言葉を探す。



「・・話を聞きました。昔の・・それで・・」

――あなたが潤林安で過ごした日々を知った。


いつも一人で空を眺めていたという縁側。
一人で何かを考え込んでいたという屋根の上。

懐かしいように愛しいように語ってくれた、その人の口調は温かいのに。

話の中のあなたは、いつも頑なまでに一人だった。
浮かび上がるのは、力強く、寂しげな後姿。

それで、よく分かった。
なんて不器用で。なんて孤独な人。


――その時から湧き上がった感情が、心の奥でずっと、ずっと・・・

私は何も知らなかったんだ。
その瞳が映してきたものを。あなたが抱えてきたものを。
何も知らないまま、初めて出会った時の憧れのまま。
ただ、傍にいられるように背伸びして、目の前の強さと優しさしか見えていなかった。

それが。その事実が。心の奥でずっとずっと・・・


――ああ、駄目だ。
そう思っても、の瞳は自然に潤んでくる。


「ったく。俺の過去は、お前に泣かれるぐらい酷えものかよ。」

を自分の腕に納めようと手を伸ばすと、
その指先が触れるより先に、細い腕が日番谷の背に回されていた。
抱きついたまま、はゆっくりと日番谷に額を押し当て、無言のままに首を横に振る。



――俺のガキの頃の話なんて、どうせロクなもんじゃねえ。
だから、俺のいない時に一人で行くなと言った。

あの頃は、ばあちゃんと雛森だけが世界の全てだった。
今はがいる。松本がいる。部下たちがいる。
ちっぽけだった世界は確実に変わった。

世界は変わる。



日番谷は抱きついたままのを包み込むように腕を回して
その柔らかさに、手に馴染む温もりに、ようやく心を緩ませていく。

・・やっぱり冷え切ってんじゃねぇか。

長い髪に手を伸ばし、ゆっくり梳いていくと沈み込むように顔を埋めてくる。



「ちゃんと会いに行きましょう・・大切な人に。
 それで、ありがとうって伝えるの。」


あの子がいつ帰ってきてもいいように、毎年この日は用意しとるのよ。
そう言って、日番谷の祖母がにこやかに広げて見せてくれた手作りの半纏は
愛情が溢れる程にとても温かかった。

幼い頃の彼にとって唯一の心の拠り所だったその場所で、年に一度のこの日ぐらいは心を休めて欲しい。
だから、今連れ出さなければと思った。
そして。できれば・・彼にとっての特別なその場所で、自分の知らない時間を一緒に埋めていくことができればいい。
過去も。これからも。その瞳に映るものを私も一緒に受け止めていきたい。

確かなのは、笑顔でいて欲しい。幸せでいて欲しい。という想い。




「一緒に、帰るか。」

そうやって、いつだって私を甘やかしてしまうから。
嬉しくて。私ばかりが幸せを貰ってしまうんだ。

だけど、これからは。


「・・はい。」

 



――あなたの幸せを。変わらない幸せを。
白が舞う日に、祈る。








冬の話だから、冬の間に修正を。と思っていましたが、このシリーズを初めて読まれた方には
途中からのアップになってしまいました。出会いから書いてますが、この時点では恋人同士。しかも、結構深い仲(笑)
去年の劇上版第2弾や、本誌での日番谷の過去編が盛り上がった頃に書いた夢でした。
それにしても、今はもうこんな純粋な話は書けそうにもありません・・・。

(2009.2.15 加筆・修正)



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